三車秘旨(36)収心法を問う

 三車秘旨(36)収心法を問う

(解説)

以下、問答が記される。これらは実際に静坐を修行する上でも参考になるところが多いであろう。静坐では最後は「還虚」へ至る。これが杳冥とされる境地である。あらゆる事柄が「虚」へと向かっていくのであり、そこには「完成形」というものはない。また最終的な「目標」も無い。当面に行わなければならないことを天機によって行うだけである。つまり「永久革命」の中に身を置くことになるわけで、これが静坐の世界である。


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