三車秘旨(61)道情詩詞
三車秘旨(61)道情詩詞
(本文)
「毎日甘い唾液が口に満つれば、つまりは仙心を生ずる」
緑なす島に隠棲して小山にて詩を賦す
呂純陽は美しき高殿に坐して
香を焚いて地を清めつれづれなるまま
そこにはただ花のある部屋があるのみ
(解説)
「仙心」とはただ清らかで、簡素で、平凡な生活に満足できる心境である。人は往々にして変化や刺激を求め、そうしたものがなければ退屈してしまうが、それは本来の心の状態ではない。現在の我々は刺激を「娯楽」として買わなければならない。こうした経済を循環させて行くための社会構造が無限の「娯楽=刺激」を求めるように人々を仕向けている。一旦そうしたものを断ってみると意外に「無くても良いもの」が多いことに驚くであろう。こうした覚醒はある意味において実に容易なのであるが、そうした気づきが生じない仕組みの中に我々は組み込まれている。
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